根拠のない自信
自信があったらいいなと思いますか?
私は自分のことを晴れ女だと昔から思っています。天候というコントロールできないことなのに何故そう思えるのか?
これって根拠のない自信の感覚に近いのでは?と思い考えてみました。
この「晴れ」の部分を他の思い込みワードに置き換えてみるのも面白そう。
意外とネガティブな方向にも根拠なく自信を持ってしまうこともあります。私はいつも〇〇だ など。
そして、どんな思い込みをするかは自由に決めちゃっていい。今日から「私って運がいいから」って自称幸運もありですね✨
晴れ女を例に振り返ってみます。
雨を悪者にしていない。
むしろ好きかもしれない。雨が降ってもタイミング次第では残念と思うけどあまり気にせず雨だから運が悪いなどと関連を持たせていません。
雨があるから虹が見れたりする。綺麗な景色が見れたら嬉しいなという感じ。
※雨が嫌いだとしてもそう思うことを悪く思わなくていい。
晴れに執着もしていない。
晴れたらいいな〜と思う。きっと晴れるだろうなとも思っている🤭(根拠のない自信)
絶対晴れがいい!という感覚ではない。
周りから言われたのがきっかけ?
いつからそう思っているかは記憶にないけど晴れ女だと言われたことがある。
それからイベント毎などで晴れを意識するたびに根付いていったのかなと思う。
科学的根拠はないけど自分が覚えている数が晴れの印象が多いのでそれを根拠に信じている。晴れが多い地域など環境の影響もありそう。
ちゃんと数えたら雨も結構降ってるかもしれないけど晴れの数に注目している。比較ではなく単に晴れがあったかどうか。1回でもあれば有りになる。
印象付けられるタイミング
ずっと晴れの予報だと「よしよし😁」って思うくらいで強い印象にはなりづらいかも?
雨の予報が晴れになるということも多く、その時は天気予報をよく見ている。どうなるかギャンブルみたいにワクワクしてる。
天気が変わると嬉しさも大きく印象に残る😁
台風が逸れたとか「おぉ!」って思う。
逆に晴れ予報が雨になるとガッカリしちゃうこともあるかもですね。期待が大きいとその印象が強くなる。
晴れという言葉の範囲が広い
例えば旅行に行くとして、もちろん雨の日もある。でも雨の予報だったのに移動中だけ雨が止むとする。それすらも”晴れパワー”認定をしている。移動だけでも止んでくれてありがとうと感じる。
1日で雨の時間が長くても自分が雨の影響を受けるのが最小限になった時点で良かった〜って思っている。
曇りでも「晴れ女だから」となる(笑)
旅行期間中に1日でも晴れたらその印象が残る。
本来、雲が空の何%だと晴れという基準があることは承知の上です。
調べると雲が空の8割の量でも晴れなのですね。結構晴れの幅が広いと思った。
運任せだけではない
天候はコントロールできないことがわかっているので予報や雨雲レーダーの予測で降らないタイミングを見て移動したり判断する。
雨に濡れないルートや方法、日程などコントロールできる部分を変えている。
予定が決まっている時は難しいかもしれないけど普段はそんな感じで調整しています。
自分の力で晴れているとは思っていない。
偶然だとも思っていて、大事な時に晴れたりしたら天にお礼をしている(*˘˘人)⛩️
思い通りにいかない時に誰かや何かのせいにはせず、うまく行ったらおかげ様でという意識が好きだと思うので採用しています。
理想があって思い通りに(コントロール)したかった想いも否定はしません。
でも、できない部分は仕方ないんですよね。
自分の力ではないから信じられるという部分もあるかも。
根拠のない自信とは
「きっと晴れになるだろうな」という自信はあるけど、自分を信じるというのとはちょっと違う気がする。
どんな状況でもOKという感覚かもしれません。晴れたら嬉しいけど雨でもまあ仕方ない。いい意味で力が緩んでいる。雨でも自分を責めたりしない。
一時的に雨が止むくらいのことも小さな成功として採用していて、誰かが「本当に晴れるね!」と言ってくれたら、それも素直に受け取る。
執着心がなく、うまくいけば「おかげ様」、思い通りにならなくても「まあ仕方ない」と受け流せる。
そう考えると、自信って「絶対こうなる!」という「確信」というより、「まあ、きっとうまくいく」くらいの「ゆるやかに信じる力」なのかもしれません。
まだ他の分野でコントロールしようとしてるものもあるので、この感覚を適用できたら楽になりそうと思います。
よく言われている話もこうして自分の信じてることから考えると腑に落ちやすいですね。