心身ケア

無駄をやってみる。回避癖と向き合う。

ゆり(管理人)

やれば出来るのに出来る気がしない。不安が大きいなどで行動が止まってしまったり、回避してしまう。

私の事例

実際には問題なく電車に乗れるのに体調を崩すことを気にして躊躇する。

とあるイベントに興味があり、行っても行かなくてもいい状況がありました。

当日、気づいたら今から出てもイベント開始にギリギリ間に合わない時間に。

それが自分を説得する「行かない理由」になる。

どうせ行っても間に合わない。これで電車に乗らずに済む、外はすごく暑いし家に居れば安心安全でしょ。

と、とても過保護な思考。

そこで敢えて「今からでも行ってみる」を選択してみた。

脳やエゴ的には「え!?」だったと思う🤭

「今からじゃ意味ないでしょ?」「何のために行くの?」「電車賃が無駄になる」

と、いろいろ出て来る。

でも1番最初の「興味がある」「行ってみたい」を叶えてあげることにした。

間に合わないのはわかっているけど行こうとした、現場まで行けた、空気感を体感することはできる。

言い訳が効かないと観念したのかその後は不思議と冷静に。

たぶん間に合う時間に出ていたら「間に合わせないと」と焦りも出ていたかも。既に間に合わないので逆に落ち着いて行けた。

真夏の晴れた昼間。流石に暑い。

いつものように「駅まで行けたらマル」と、もし途中で帰りたくなっても構わないよというルールで進んで行った。

行く前の自分は夏の昼間とか絶対耐えられない。熱中症になるとか思ってた。

駅まで行き意外と大丈夫だと認識する。(※帽子とか水分とか一応対策はしてる)

想像した悪い事は全く起こらず無事現地まで行けた。イベントも半分くらいは参加できて行ってよかったと思った。

夏までに動いていたので体力がついてきていたのもあるかもしれない。思った以上に動けた。

これをきっかけに不安感も結構少なくなった。そして何故かとても嬉しい気持ちが出てきた。

これを子供に例えると

  1. 子供がやりたいと言ったことを
  2. 大人が危ないからとか貴女はまだできないからと心配でいろいろ言う。
  3. 子供はじゃあ止めといた方が良いかと諦める。

→心配の声は無視してそれでもやりたいんだとやる。

どんな結果になろうとも「やりたい」という気持ちは昇華される。

そんな感じに思う。

いつの間にか失ってた自己効力感

自己効力感とは自分がそれが出来ると思える状態。

自信やプライドがあった状態からパニック発作がきっかけで一時的に普通に出来ていた事すら出来なくなり、自分の思っている以上に傷ついて設定値がかなり低めに設定されてしまったみたい。

これ以上傷つかないように過剰に回避していたと同時に「失ったら取り戻せない」と思っているなと発見。

  • 数百円の電車賃すら理由なく使うのはもったいない。
  • お金を使ったとしてまたお金を得られるかわからない。
  • 体調不良になってもリカバリー出来ない。

無意識にそんな心配をしてるようだった。

実際は使ってもまた収入を得れているし、体調も回復する。
アクシデントがあってもなんとかなって無事に生きている。

時間は戻らないけど思っている以上に自分は無力じゃない。

無意識が心配する声って自分はそれが起こった時に「なんとかならない」って言ってるようなものだなと思った。

理由を付けずともやってもいいし、使っても取り戻せる。

消費する時は何か意味や意義、理由を必要としていた。他人から見たら無駄遣いに見えるガバガバのルールかも知れないけど自分的には納得のいく意味がある。〇〇のためという大義名分があった🤣誰に言い訳してるのか?

大丈夫と思える分野と思えない分野があるみたい。個人的に大きいのが健康(体調や体力)とお金。

大丈夫だったと認識し直す事で自信を取り戻していける気がする。
これは認知行動療法でもよく聞く言葉だしわかりそうでわからない感じだったけど今回何となくわかった気がする。

過小評価、過大評価はせずに現状を観る。

健康とお金に対して自分の見積もりはだいたい少なく見積もってる。実際の半分くらいなのでは?ゼロになるのを極端に避けてる。

逆に作業時間は早く見積もる癖があり、実際にはその3倍かかったりする😅

なので時には想像と事実を照らし合わせ確認することも大事になる。

無理矢理、思い込むのとは違う。

自己効力感も「できる!」と思い込むと言うよりかはフラットな状態でできると思えたら良いのかなと。

プラス(高い状態)にあげるよりはマイナスをゼロに戻すイメージ。

「できない」と思い過ぎているのを「できるかも」「なんとかなるかも」「試してみるか」くらいから。

まとめ

小さく思える傷(避けたい点)でも無意識がもうそれを味合わないように過剰に反応してることを認識した。

過保護に心配する思考の声は自分にはそれが解決できないと言ってるみたいだなと思った。

  • そもそも出来るかも
  • 違う方法があるかも
  • アクシデントが起こっても対処できる
  • すぐじゃなくても取り戻せる

ことを思い出す。

想像と事実を照らし合わせ確認することも大事。

かすり傷を骨折くらいに感じてるかも。
それは本当にそんな深い傷なのか?傷があっても生きてるやん?

もちろん痛い思いや苦しい思いはしたくないけど…やりたいことやらない人生は楽しいかな?

既にできるようになった事は悩んでたことも忘れて普通にこなしていたりする。

長くなってしまったけど何かのきっかけになればいいな。

読んで頂きありがとうございます。


スポンサーリンク
動く猫と猫好きさんスタンプ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

記事URLをコピーしました